2024/06/26 17:00
芸術は綺麗であってはいけない。
うまくあってはいけない。
心地よくあってはいけない。
これが、僕が提唱する芸術の3原則です。
「きれい」と「美しい」とは、正反対のものです。本当の意味でのうつくしいもの、それは決して、きれいなものなんかじゃない。
また、手先が器用で、表面的にうまくつくり上げたものも、藝術とはいえない。
それから、心地よさということ、観る者が気楽にかまえたり、安堵したりしたら、その作品は本物じゃない。
「何だい、これは!?」といぶかりながらも、だんだんひきつけられてゆく、そういう作品が、本当の芸術なのです。
岡本太郎は明治44年東京うまれ、父は政治漫画の岡本一平、母は歌人・小説家の岡本かの子。
パリ大学卒業後、パリで芸術運動を続け、戦後は日本の前衛派主流として活躍。
人生、生活は闘いですから、僕は好かれる作品をつくりたくない、との発言。
氏の闘いの場であるアトリエは、意外に整然としている。
彼の言葉を芸術論としてだけでなく人生の糧として受け止めたい。
芸術はいやらしい
激しさをもった藝術、わかる、わからないということをこえて、いやおうなしに、ぐんぐん迫って、
こちらを圧倒してくるようなものは、いやったらしい。
私が先年、パリに行ったとき、ちょうど「立体派」の回顧展をやっていました。
今世紀のはじめ、新しい絵画の口火を切ったこの芸術運動は、久しいあいだ、「でたらめだ。」とか、「絵ではない。」などとののしられ、
気ちがいの代名詞にさえつかわれていました。ところが、半世紀たって今日では、すでに世界絵画の古典として頭をさげられるようになったのです。
ピカソの大傑作、1907年作の「アヴィニョンの娘たち」が出品されていましたが、今世紀前半の絵画の最高峰の一つだと思います。
参考図書 ADjapanNo.13 1984年12月号、岡本太郎著 「原色の呪文」