2024/06/26 16:40
19世紀末のウイーンでは、絵画や建築を一体化した芸術が生まれた時代。
そんな自由な芸術表現の主役ともいうべきクリムトとは、どんな人だったのか。
あの黄金の装飾をふんだんに使った妖艶な婦人像、革新とエロス、謎の作家?
かれは背が低くややずんぐりしていて、筋骨たくましいごつごつした姿。
ゆかいな風貌で、生き生きした小さな目をもっていた。
髪のはげあがった独特の風貌が唯一芸術家のあかしと言えるだろうか。
弟と画家の知人と室内装飾を手がけるアトリエ「芸術家協会」の経営を始めて壁画などを手がけた。
初期は正統派の古典絵画を描き、才能を早くから認められていた。
だが、弟が早世。クリムトはそれまでの作風をかえていく。
34歳で保守的な組織を脱退し、「ウイーン分離派」を若手芸術家と結成した。
拠点となった白壁の会館には、「時代にはその時代の芸術を、芸術には自由を」と刻んだ。
時代の先頭に立ち、独自の世界観を開花させていく。
<音楽 Ⅰ>1895 シートサイズ71×58.5cm (仏)アザン社プリント
<エミリエ・フレーゲの肖像>1902 イメージサイズ36.5×84cm (米)ポスターオリジナル社プリント
<木々の下のバラの花>1905 マット付きシート外寸84.5×72cm オルセー美術館蔵 (米)プリント
<ACQUA MOSSA>水の精1904-1907 マット外寸50×50cm (米)ショワウッド社プリント
<接吻(部分)>1907-1908 マット外寸34.5×96cm オーストリア美術館蔵 (米)プリント
<サロメ(ユーディット)Ⅱ>(部分)1909 イメージサイズ25.5×30.5cm ヴェネツィア美術館蔵 (米)プリント
<アッター湖畔のカンマー城>1909もしくは10年頃 イメージサイズ21×21cm アザン社プリント
<希望 Ⅱ>1907-08 シートサイズ69.5×69.5cm ニューヨーク近代美術館蔵 (米)ポスターオリジナル社プリント
クリムトの作品は名のある美術館の多くが数点所有してりると言われるほどポピュラーなのだが、問題は展示のやり方だ。
一流の美術館は学芸員による展示方法に相当の配慮、つまり作品の魅力を存分に発揮する配慮を感じるのだ。
照明や壁の色について、クリムトの金彩の魅力を観客に味わってもらうために。
参考資料 「世界の巨匠クリムト」岩波書店 「MOMA Highlights」ニューヨーク近代美術館 朝日新聞のクリムト展の記事(2019年)