2024/06/26 16:33
「喧嘩好きの人セルジュ・ゲンスブール」 ダニエル・ドリュー撮影 (仏)アザン社プリント
シャンソン作詞作曲家・シンガー/画家/映画監督/小説家/カメラマン、
と多彩な顔を持ち異彩を放った才人セルジュ・ゲンスブール(1928-1991)。
無精ヒゲにくしゃくしゃな髪、フィルターなしのジターヌを吸い続けるチェーン・スモーカー。
ジャケットにブルージーンズ、そして素足に白のダンスシューズ。ある批評家は「ソフィスティケートされた浮浪者」と名づけている。
1928年、両親はユダヤ系アルメニア人。パリ20区・中国通りの小さなアパルトマンで生まれる。
ボリス・ヴィアンのライブを聴いたことがきっかけで、自ら曲を書くようになり1958年「リラの駅の切符切り」でデビュー。
1965年フランス・ギャルのために書いた「夢見るシャンソン人形」が大ヒットを記録する。
幸福という名の幻想には愛情、健康、富が付きまとう。無論、誰だって、そのすべてが欲しい。
だが、そんな幸福とは現実には<優しいパパとママのいるエリート家庭>の退屈な人生にしか過ぎないことに誰もが気付き始めている。
谷崎潤一郎もゲンスブールも、挑発の美学と良識のバランスによってのみ、かろうじて人生の不毛から逃れることが出来ると考えていたのではないか。
煙草と酒を医者から禁じられていたにもかかわらず、ジターヌ煙草をくわえて、酒を手放さかったゲンスブールは<たばこは緩やかな自殺>とうそぶいていた。
彼を否定していた人々にとっては彼の死が、まさか同年に死んだイヴ・モンタン以上にメディアで騒がれ、文化大臣のみならず大統領からも追悼の意を表されるとは夢にも思っていなかったに違いない。ゲンスブールを毛嫌いする人間と往々にして、こうした権威による評価に弱い人が多い。
参考著書
「ユリイカ」の<セルジュ・ゲンスブール特集>(1995年7月号、青土社)。
「フレンチ狂日記」永滝達治
「ゲンスブールまたは出口なしの愛」ジル・ヴェルラン著 永瀧達治訳 マガジンハウス
「わが心のシャンソン」 大野修平 平凡社