2024/06/26 13:40
芦屋市近在の方は小出楢重(1887-1931)の名は耳に親しいと思うがその小出楢重の旧住所跡を訪ねてみようと思う。
とそんなことを想いつつブログを書こうとしています。
コロナのいつ収まるあてもない不安な今日この頃、なにを吞気なと思うでしょうが。
小出の大ファンで、今になって大正・昭和のモダニズムの絵画、音楽、文学すべてに熱中できるのも、コロナで書斎にこもることが
やたら多くなったためでもあろう。
「裸婦」1930 水彩
先ずは洋風建築のアトリエの移築がある芦屋市立美術博物館を訪ねたい。この頃ご無沙汰續きです。
アトリエも大正15年(1926)小出39歳に建てられたもの。美術館の入り口に移築保管され公開されている。
この美術館には小出の多数の名作が所蔵されており、特に芦屋時代の裸婦の名品が見られる。
復元小出楢重アトリエ 「小出楢重と芦屋」芦屋美術博物館 所載
阪神電車芦屋駅を北に出て県道鳴尾線を西に300m下り坂の途切れたあたり。
煙草店の隣、二階建ビルの付近が跡地
小出楢重 「Nの家族」 1919年 油彩
小出楢重の経歴から
1919年(大正8年)32歳 作品「Nの家族」が二科展に出品、最優秀賞である樗牛賞を受賞をし、小出楢重の名は一躍画壇に広まった。
1924年(大正13年)信濃橋洋画研究所を鍋井克之らと開き、後進の指導に努める。
1928年(昭和3年)「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」に連載された谷崎潤一郎「蓼食う蟲」に挿絵を描く。
1931年(昭和6年)心臓発作で死亡、享年43歳。
参考図書
「阪神間からの贈りもの 人と文化の徒然抄」(神戸新聞総合出版センター)
「開館記念特別展 小出楢重と芦屋」 昭和モダニズムの光彩
「小出楢重随筆集」岩波文庫
追記 芦屋市のルナホールであった柳兼子(柳 宗悦の妻)独唱リサイタルにいった日のこと。兼子さんは当時80歳代になられていたと思うが日本の歌曲がとても素敵だったことを突然思い出した。
柳 宗悦(1889-1961)は民芸運動を起こした思想家、美学者で日本民芸美術館を設立された人。
柳兼子(Ⅰ892-1984)6歳ごろから長唄の稽古を始めて東京音楽学校在学中まで続けた。
また幼稚園の同級生に芥川龍之介がいた。
柳さんの歌う日本歌曲には日本人の独特の感情表現が、やさしく上品に出ているようでとてもいい。
絵の小出、文学の谷崎、歌唱の柳、なんて呟いて一人歓ぶ私。
ご來廊の折には、その柳兼子のレコード鑑賞に是非お付き合いくださいませ。
谷崎潤一郎記念館 芦屋市立美術博物館に隣接、松子夫人と暮らした芦屋、「細雪」の舞台の芦屋などが偲ばれる。