2024/06/26 13:25

ジョウジア・オキーフ(1887-1986)、ウイスコンシン州の酪農家に生まれる。

長い間、ニューヨークで活動してたが、1946年 夫アルフレッド・スティーグリッツと死別してから、ニューメキシコ州に居を移す。同州の荒野にアトリエを構え、動物の骨や、石、山などを描く。

 

生まれ故郷のウイスコンシン州は全米一の酪農を誇る。

デンマークなど北欧諸国やドイツ、スイスからの移民が気候条件の類似したウイスコンシン州に住み着き、酪農技術を定着させた。

「ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキー」のコマーシャルで日本人にも耳慣れた地名。移民が伝えたもうひとつの技術は、ビール醸造である。

十九世紀後半のドイツ移民によるもので、ミシガン湖畔のミルウォーキーは米国有数のビール都市。

 

ニュウメキシコのオキーフ

ニューメキシコ州 メキシコとの国境に位置する、土地の85%は、標高1200メートル以上の高地で、晴れた日は灼熱の陽光にさらされる厳しい環境である。

広島の悲劇が生まれた原子力研究を目的としたロスアラモス研究所は、最初の原爆を開発した。

また言葉は英語と同じくらいスペイン語も通用する。

 

夫のアルフレッド・スティーグリッツは、アメリカ人の心の中から、ヨーロッパ芸術に対するコンプレックスをなくし、

純粋なアメリカの芸術を育てることに情熱をそそいだアメリカ現代芸術の先駆者であった。

このふたりの天才芸術家の出会いは、スティーグリッツが1946年に世を去るまでつづいた。

彼らの関係は、「今世紀最大のロマンスの一つ」といわれる。

美術評論家バーバラ・ローズはこの二人について「スティーグリッツは、アメリカと結婚したのです。 

彼にとってオキーフは、まさにアメリカを象徴していました。彼女の作品は、他の誰の物とも違います。

それはおそらく彼女がヨーロッパの伝統から自分を引き離し、純粋にアメリカそのものから現れたことと関係がある、と私は思います」と述べている。

 

「赤い背景の白い貝」1938 パステル ボストン美術館蔵

シートサイズ63×96cm

 

「白いバラとラークスパー」1927 油彩 ボストン美術館蔵

シートサイズ63×96cm

 

「ブラックアイリス」1926 スティーグリッツ コレクション

シートサイズ61×84cm

 

「月明かりの春」1930 油彩 ニューバーガー美術館蔵 (サンタフェ)

シートサイズ91.5×68.5cm

 

「西洋杉のある黒い丘ーニューメキシコ州」1941-42 油彩

シートサイズ89×56.5cm

 

「ブルックリン ブリッジ」1948 油彩 ブルックリン美術館蔵

シートサイズ86.5×60cm

 

「月にかけるハシゴ」1958 油彩 サンタフェ室内楽フェスティバルのポスター

シートサイズ61×94cm

 

「青と緑のメロディー」1919 油彩 サンタフェ室内楽フェスティバル

シートサイズ61×94cm

 

「ブラック クロス」1929 油彩 サンタフェ室内楽フェスティバル

シートサイズ61×99cm

 

音楽を愛するオキーフは1973年に開始されて以来、毎年夏にひらかれる

サンタフェ室内楽フェスティバルに寛大な援助をしつずけてきた。

その宣伝のためのポスターに、毎年異なるオキーフの作品を使うことを許可している。

 

「ひまわり、ニュウメキシコ」1935 油彩 クリーヴランド美術館蔵

シートサイズ60.5×90.5cm

 

「カラーリリー」1928 油彩 ボストン美術館蔵

シートサイズ56×96.5cm

 

 

「黒と紫のペチュニア」1925 油彩 プライベート コレクション

シートサイズ61×63cm

 

「紫のペチュニア」1925 油彩 ニューアーク美術館蔵

シートサイズ45.5×61cm

 

「アビクイユの枯れた滝の崖」1943 油彩

シートサイズ55.7×101.3cm