2024/06/23 22:47
エコール・ド・パリの巨匠、超現実主義の先駆者。
マルク・シャガール(1897-1955)はロシアのヴィトウスクにユダヤ人の子として生まれた。
父は塩漬けニシンを運ぶ労働者、母は食料品、雑貨を商うなどで家計を支えた。
そんな日々を回想して「あの悲しく、それでいて楽しかった私の村よ」と自伝にある。
美術評論家 高階秀爾は「シャガールの作品の持つ甘美な抒情性は、おそらく、それが追憶の歌だということに由来するのであろう。
抒情性とは、本質的に、現在ないものに対する憧れだからである」と。 「追憶の画家」高階秀爾より。
当時ユダヤ人は祖国を持たず、しいたげられる悲しい存在だった。
ユダヤ人のしるしはダビデの星なのに、なぜ「私と村」の絵にキリスト教の十字架を首に下げているのか?
なぜ教会の屋根に十字架があるのか?
パリではシャガールがユダヤ人とは誰も知らないことであった。
できれば自分の血を忘れたい。パリに住む単なるロシア人と思われたかったのではと、あくまでこのことは推測だが。
シャガールは熱心にキリスト教のカソリックも新教も研究し、「雅歌」シリーズなる旧約の世界を描いた一連の作品もある。
さらに、シャガールの自作コレクションによる「聖書のメッセージ美術館」(仏、ニース)がある。
シャガールの言葉に「芸術においても人生と同じく根底に愛があれば、すべては可能だ」、とは神の言葉にもきこえる。
「雅歌Ⅲ」 (額装) (仏)ニース、聖書のメッセージ美術館蔵
額外寸82.5×62cm
「雅歌Ⅲ」の部分
イメージサイズ116.5×136cm
「私と村」 (額装)
額外寸80×104.5cm
「Happy Birthday」 (マット付シート)
マット外寸84×69.5cm
シャガールは故郷の言葉で絵を描いたとも言える。
家を訪ねることを「家をとび超えて」という。
深く感動したことを「私の体が逆さまになった」という。
長い祈りの後の状態を「あの人は緑と黄色になった」と表現するのだ。
「世界 名画の旅」5 朝日新聞社
「街の上を飛ぶ恋人たち」 (マット付きシート)
マット外寸64.5×48cm
「魅惑的な夜」1848
イメージサイズ51×61cm ニュウヨーク・グラフィック・ソサエティのプリント
イメージサイズ51×61cm
「バンスの恋人」
イメージサイズ59.5×42cm
「窓越しのパリ」
イメージサイズ68.5×56cm
「サーカスにて」
イメージサイズ48×43cm
「ブルーエンゼル」1938 (仏)アザン社プリント
イメージサイズ65×50cm