2024/06/22 11:39
オタヒ「孤独」
この絵に描かれた女の肌の色、ずっしりとした、たくましいともいえる体、そしてこのポーズ。
タイトルを知らずして、この作品が何を表しているか、たぶん、わかる人はいないだろう。
この作品にゴーギャンは、どんな思いをこめたのか…
ゴーギャンの書いたタヒチ紀行“ノア・ノア”を思い出し読みたくなった。
<ノア・ノア タヒチ紀行>ポール・ゴーギャン 岩波文庫
ノア・ノアはマオリ語で、香気ある、芳しいの意。
額外寸 40×32cm
現品1点のみ
生年のパリの1848年はパリで起きた二月革命の年でもある。
17歳で学業を終え23歳まで船乗りとして海の生活。
1871年パリ・コミューン(民衆と国民軍が樹立した革命的自治政権)の後、船を降り株式仲買人になる。
その頃から仕事の成功もあり、印象派の絵を蒐集、ドガやピサロと知り合う。
二人の勧めで、日曜画家のゴーギャンは印象派展に出品する。
35歳で妻と子(5人)を抱えながら、仕事をやめ画家としてスタート。
1886年 ブルターニュ地方のポンタヴェンに居を移す。
そこは美しい風景と生活費が安く済むことから、各国の芸術家が集まるコロニーのようになっていた。
形と色を総合する総合主義の理論派は、ポンタヴェンの若い画家たちを魅了し、ゴーギャンを中心としたポンタヴェン派というグループが生まれた。
1888年ゴッホとアルルで共同生活を行うが失敗。ゴッホノ耳取り事件となる。
その後、1891年タヒチ島に渡り、島民を描きつずける。
代表作 「タヒチの女たち]、「我々はどこから来るのか、我々は何者か、「我々はどこへ行くのか」等。